木村育生氏と株式会社ダイナシティとの関係に関する調査結果

木村育生氏は、インボイスの代表取締役社長を務めていた人物です。

そんな木村育生氏は、2006年9月に株式会社ダイナシティをM&Aで取得し、
同社の代表取締役社長に就任しています。

今回は、ダイナシティのM&Aを行った木村育生氏がどのような人物か、
なぜダイナシティをM&Aを行ったのか、
ダイナシティはどのような会社なのかをご紹介していきます。

■木村育生氏の経歴

木村育生氏は、1958年7月8日に東京都内で生まれました。
1982年には慶応義塾大学商学部を卒業し、
卒業後はアメリカのミシガン州立大学へ留学しています。

そして、テキサス州ヒューストンにある貿易会社に入社しますが、
1985年に帰国し株式会社I.Q.Oを設立しています。

社名を変更しながら事業を展開し、大きな会社へと成長させていったのです。
そんな木村育生氏は、インボイスの代表取締役社長を務めていたときに、
ダイナシティのM&Aを実施しています。

M&Aを行った後は、ダイナシティの代表取締役社長にも就任しました。
その後も、株式会社小僧寿しの社長に就任したり、
クロスチェックを創業したりするなど活躍の幅を広げています。

■なぜ木村育生氏はダイナシティのM&Aを行ったのか?

木村育生氏が代表取締役社長を務めていたインボイスは、
通信サービスに関する事業を行っていました。

通信サービスに関する事業をメインで行っているインボイスと
不動産関係の事業を行っているダイナシティは、一見すると関係ないように思えます。

しかし、インボイスは単身者向けマンション事業のさらなる強化や
個人向けサービスの顧客を拡大したいと考えていたため、
このM&Aは非常に意図があるものだったのです。

■ダイナシティとはどのような会社なのか

ダイナシティは、バブルが崩壊した頃に創業した会社で、
不動産流通業を行っていました。

可処分所得が多い独身世帯やDINKs世帯をメインのターゲットとした小規模なマンションを展開し、東京都を中心に高い価格で分譲していくなどといった実績を残しています。
2001年12月には現在のジャスダックに上場し、不動産ベンチャー企業の一角を占めていました。
そしてその後、J-Stock銘柄になっています。

2005年1月には、民事再生法の競売にかけられていた「成田カントリークラブ」の落札に成功し、ゴルフ場の運営もスタートしています。
しかし、2005年12月に創業者一族が株式をライブドアファイナンスへ売却し、同時に資本業務提携を組んだことからライブドアグループの一社へと変わりました。
ただ、その翌年にはライブドア事件の影響を受けて資本・事業提携を解消しています。
同年8月にインボイスが株式とMSCBを取得し、インボイスの子会社となりました。

ダイナシティは、インボイスのM&Aを行う前から幅広い事業を行っていたことが分かります。
不動産事業での成功はもちろんですが、ゴルフ場の運営も行っていることから不動産だけではない魅力がダイナシティにはあり、それが木村育生氏の目に止まったのではないかと考えられます。

M&Aによってインボイスの子会社となったダイナシティは、インボイスの成長には欠かせない要素を持った会社だと木村育生氏は感じたのではないかと考えられます。
ダイナシティに良い部分もインボイスに取り込んでいくことができれば、インボイス自体もさらに成長する可能性が高まるからです。
木村育生氏は双方の成長を見込んだ上で、M&Aを実施したのではないでしょうか?
現在、木村育生氏はインボイスを退社されており、クロスチェックという企業で経営を行っています。
今後、木村育生氏がどのように経営手腕を奮っていくのか、会社はどのように成長していくのか、動向に注目してみましょう。

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