歴代サッカー日本代表の背番号7の系譜

■多士済々のゲームメイカーたちが残した存在感

現在、盛り上がりを見せているW杯カタール2022アジア最終予選。
サッカー日本代表はワールドカップ初出場となった
1998年のフランスワールドカップから数えて
6大会連続でワールドカップ本大会に出場している。
その日本代表で背番号7番を背負った選手たちは大舞台でどのような活躍を見せたのか。
今回はワールドカップで7番を背負った日本代表選手を大会ごとに紹介する。

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■日本サッカー界のカリスマ 中田英寿

サッカー日本代表のカリスマ的存在でもあった中田英寿
若くして日本代表の中心選手となった中田は、21歳でイタリアに渡り、
02年、06年のワールドカップの舞台で、背番号7をつけることになった。
現役ラストマッチとなった2006年のドイツワールドカップ ブラジル戦では
タイムアップの笛が鳴ると、涙を浮かべた中田英寿はセンターサークルで
仰向けになってピッチに倒れ込んだ。
約9年間にわたって代表を牽引してきた孤高の背番号7は、
この試合をもってユニフォームを脱ぐことになった。

■日本の7番の代表格である遠藤保仁

直近の日本代表で、もっとも7番のイメージがあるのが遠藤保仁選手ではないだろうか?
2006年のドイツワールド杯を最後に引退した中田英寿の背番号7を引き継いだ
遠藤保仁選手は2007年から2015年まで、7番の背番号を背負っていた。
日本代表選手の中でももっともA代表の試合に出場した記録を保持している。
34歳で迎えた自身3度目となる2014年のブラジルワールドカップには
3大会連続でメンバーに選出され、2試合に途中出場した。
知名度、実力ともに高い選手ではあるが、意外にも海外移籍の経験はなく、
A代表の試合出場回数が多いのも主に国内を拠点に活動していることも理由の一つとして
挙げられる。

■日本の新司令塔 柴崎岳

プラチナ世代の司令塔として世代別の日本代表の中心選手だった柴崎岳は、
26歳となる2018年のロシアワールドカップで初めて世界大会の大舞台に臨んだ。
自身は所属チームでの出場機会に恵まれず、
日本代表チームは大会直前の監督交代に揺れたが、
この大一番の大会で見せた柴崎の活躍によって
日本代表は3度目の決勝トーナメント進出を果たした。

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■まとめ

今回は歴代日本サッカー代表の背番号7番の選手について紹介した。
今後この3人と並ぶ選手が生まれてくるのかが楽しみである。

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